ABOUT

MACHINTOプロジェクトは、2006年に子ども夢基金の助成を得てグローバル教育ネットワークiEARNのプロジェクトとしてスタートしました。多くの国の学校へ平和の本「まちんと」の本を贈り、多くの子どもたちが彼らの平和の絵本を創作しています。2010年度は、財団法人KDDI財団の助成を得ました。尚、2011年度はプロジェクト名「Machinto」を「HIROSHIMA and Today」に変更しました。

 

趣旨:「まちんと」は広島の原爆投下を描いた絵本です。一口のトマトを欲しがり「まちんと」(もう一寸頂戴)と泣きながら死んだ主人公の少女の姿を通して、今日も戦いやテロ、自然災害などで「まちんと」と泣いている世界各地の子ども達に対して、何ができるのかを海外の子ども達と一緒に考え、平和な社会や環境を目指す自作の詩・絵・絵本・ビデオを創作します。

 

目的:参加者は、広島・長崎でおきた市民への無差別殺戮が、今日に至っても
紛争やテロによって続いていることを学習します。世界規模のアイアーン教育ネットワーク参加によって、グローバルなプロジェクト学習を体験し、オンラインフォーラムへ英語で発信し、パソコンスキルやテレビ会議での発言・対話の力を育てます。作品は、オンライン・オフラインで展示し、子どもたちの平和への感性と想像力を国際教育の環境の中で育てます。

 

まちんとプロジェクト誕生

  • 日刊『中・高校教師用ニュースマガジン』(中高MM)2007年3月

「国際理解来し方行く末」より引用:

広島の平和絵本「まちんと」との出会い

3年前、秋の黒姫高原で黒姫童話館へ立ち寄った時のことです。絵本の並んだ棚から、ジーと見つめる黒い目の女の子に引きつけられその本を手に取りました。それは、日本の多くの小学校図書館におかれているという松谷みよ子さん(文)と司修さん(絵)による偕成社出版の「まちんと」でした。絵本の見開きいっぱいに描かれた原子爆弾のオレンジの塊、トマトをもう少し。。。「まちんと頂戴」と喘ぐ女の子、黒い雨の中を彷徨いトマトを探すお母さん、戻ると既に死んでいた女の子。やがて女の子は白い鳥になって、「まちんと」と泣いているそうな。。。世界のどこかで。。。今も。

世界中の子どもたちに届けたい!と思いました。戦争になると無差別に殺戮される子どもたちのことを知ってもらいたい。原子爆弾の集団殺戮は60数年前に広島、長崎で終ったわけではない。核爆弾を製造し続ける限り恐怖は無くならない。人間性を無視した近代兵器やテロによって、更に増えている「まちんと」を知ってもらいたいと。。。

出版社交渉

偕成社との交渉に入ったが、英語に訳する許可から始まりインターネット配信への疑惑で、グローバルな企画に対する国内の問題にぶつかった。担当者から編集長へ、何度か挫けながら、やっと英語版の語りを絵本に挟むことで合意に至る。また、絵本作家の松谷さんと司さんの了承を得るためのプロジェクト企画の作成と説明。偕成社からお二人の了解を知らされたとき、まちんとプロジェクトを出す意思が固まった。

子ども夢基金の助成

「まちんと」を100冊購入し、子どもたちが自分で作る絵本の材料費や

テレビ会議費用などプロジェクトを始めるための助成が決まった。ここでもグローバルな企画に対して前例のない出費への理解が得られず苦戦をしたが、なんとか双方で歩み寄ることができた。

壁にぶつかる毎に「まちんと」に見入った。そして「やっぱり世界中の子どもたちに読ませたい」確信を深め、2度、3度と粘り強く交渉を繰り返した。

3つのゴール

参加者が体験する3つのゴールを決めた。1)「まちんと」を読む。読んだ後の気持ちを何かで表現する。2)自分で平和の絵本を作る。今、泣いている「まちんと」へ送る。3)フォーラムやビデオ会議を使って参加者同士の交流をする。

 

アイアーンプロジェクトになるまで

翌年の夏、第12回アイアーン国際会議はセネガルで開催され、私は前年に黒姫童話館で購入した一冊の「まちんと」を持参した。海外の教師たちがプロジェクトに対してどのような反応をされるか知りたかった。特にアメリカの参加を期待したい企画側としては、アメリカの教師のリアクションが欲しかった。最初に絵本を手にしたシアトルのジェニファーは、日本の上野先生の1ページ毎の語りを聞きながら、たちまちに顔は涙でグジャグジャになり、彼女の無差別な殺戮から子どもを守りたいという意思を聞いたとき、このプロジェクトはアメリカに強力な仲間を得たと思った。

参加国の顔ぶれ

やがて助成も決まり、偕成社側の合意も得て、翌年のアイアーン国際会議オランダ会場で、「まちんと」はアイアーンプロジェクトとして出航した。出発にあたってよく使われるLaunchは航海へ乗り出す意味があり、ここでは「まちんと号」の出航で、乗船したのはシアトル・シカゴ・トロント・アルゼンチン・スロベニア・モスクワと日本の東京・神戸・広島・沖縄の学校や学習グループの10地域である。海外は複数校もあるが地域リーダーも決まったので任せることにした。最初の寄港地を6ヶ月後とし、この航海期間を「まちんと」プロジェクト第1期とした。中でもトロントは、独自で「まちんと」ワークショップを開く程で、マリ・ジム・ビルはジェニファーとともに「まちんと」処女航海を支えてくれた。

アイアーンオンラインフォーラム

参加者や関係者のメーリングリスト日本語と英語の2種は、教師間の打合せに必要なICT道具ですが、企画側にはもう一つの狙いがあった。それは日本で困難と言われてきたアイアーンオンラインフォーラムを活用し慣れることでした。結果は、生徒へパスワードを発行して直接フォーラムへの書き込みが成功したのは沖縄の高校生たちで、他のサイトは教師が代わって載せた。日本の教師もこの初めての挑戦に果敢に挑んで実績が残せた。

まちんと号成果貯蔵庫とも言えるフォーラムは、「まちんと」を読んでいる子どもたちの写真、ひとりひとりの感想、創作絵本の数々、絵本作成中の写真、交流の場、テレビ会議などで自然に満杯になり、活動を3月半ばに終え最初の寄港地もまもなくの今は整理にかかっているところです。

マチント号の燃料

熱心な国内・国外の教師によって燃料に火は付けられました。しかし実際にまちんと号を航海させた燃料は子どもたちだったのです。海外・国内の教室で子どもたちが「まちんと」を読んでいる写真、「世界中の子どもがまちんとを読むべきだわ」と同じ思いを綴っているトロントの小学生、イリノイ高校生たちの胸に響く詩の数々、平和という料理のレシピ、そしてズシンと重い平和の絵本。。。こどもたちは、「まちんと」を理解する辛い学習を経て、争いや病気への戦いから平和を生み出す絵本を描きあげて、今泣くまちんとへ届けようとしている。そこから生まれでた作品に何度も胸を衝かれました。なんだろう、この子どもたちのパワーは! 大人を泣かしてしまう。これがまちんと号の燃料です。航海を重ねるほどに燃料はしっかりと蓄えられプロジェクト航海を続けることができました。

作者に会う

ある週刊誌で最近終了した連載「じょうちゃん」のご本人、松谷みよ子さんです。後で「じょうちゃん」を読むと80才になられる松谷さんの戦中、戦後の背景が偲ばれましたが、お訪ねした東京でも静かな武蔵野の一角にあるお宅が、「じょうちゃん」の連載終了に載せられたお宅であると直感しました。途中、新幹線の人身事故で約束の時間に遅れた私を、ご本人が玄関を出て迎えてくださったのです。それから2時間余、隣あってソファに座り、「まちんと」の生みの親と語り合いました。最終ページの「ほら、そこに― いまも―」という松谷さんのメーセージを、次の世代につなぐものとして「まちんと」プロジェクトに託されたように思うのです。

絵本教室の先生

子どもたちの大仕事の1つは創作絵本です。一人でもグループでも平和の物語を作り絵本にします。 絵本は読んだり書棚に飾ったりはしますが、自分で作った絵本がありませんでした。きっと参加している各地の責任者も絵本作成に戸惑うかもしれない。ここは創作絵本作家にご登場願おうと、インターネットで検索しました。「創作絵本作家・絵本教室」。多くのリストの中から、そのホームページが一番気に入った名古屋のなかがわ絵本教室を選び、早速、連絡をとって教室を訪ねました。予想通りのなかがわさんで、その後、テレビ会議で絵本の作り方を、後日、更にビデオ撮りをして「楽しい絵本の作り方」DVDを製作しました。

まず絵を描かなければならないとする絵本作成は、彼女によって見事に一掃されました。なかがわ先生が、周りにある紙や布、雑誌を切ったり貼ったり、千切ったり、重ねていくうちにお話も生まれてくるのです。そうして育った彼女の生徒さんが昨年の世界ボローニア賞に入選されたそうです。

プロジェクトの寄り道

思いがけない寄り道もあり、プロジェクトに交流の花を添えてくれました。自然な成り行きかもしれませんが次のような展開が生まれたのです。「まちんと」を読んだトロントの小学校、マリ先生のクラスでは、一人づつ「まちんと」の白い鳥を作り、胸に抱いて集合写真が撮られました。フォーラム上に載ったその写真に目に留めた広島の岡先生が、マリ先生に広島へこの鳥たちを送って欲しいと「お願い」のレスを入れました。やがてカナダから白い鳥がいっぱい入ったダンボール箱が到着し、子どもたちは鳥たちを糸でつないで広島平和公園へ捧げに行きました。その経緯を語る写真が更にフォーラムに紹介され、マリ先生と岡先生のクラスは親密な交流へと進み、その後、2クラスを結んだビデオ会議になりました。岡先生が勇気を出して書いた「お願い」が、このような子どもたちの交流へ繋がるのですねえ。

寄り道は他にも幾つかあります。東京の責任者宮本さんは、放課後の子どもたちを預かる千代田区「こどもプラザ」の館長さんです。小学生低学年なので、創作絵本への道は険しく子どもたちには、なかなかピンときませんで、苦労されていました。長い時間をかけて、子どもたちの中にある平和を引き出して、とうとう全員で平和のタペストリーを作ろうと決まったそうです。数冊の絵本に代わって、大きな布いっぱいの平和タペストリーが出来上がりました。もう1つ、紹介したい平和の絵本があります。神戸の長田先生とケニアのゴードンさんとはNEGI Connectionというプロジェクトの友人同士です。AIDS環境に住むケニアの子どもたち、更に追い討ちをかける長雨被害などゴードンからの情報や長田さん自身のケニヤ訪問の話から、自然にまちんとの鳥をケニアに決めて5冊の絵本を創作したのは長田先生に英語を学んでいる生徒たちです。送る先ケニアの事情がよく分かるので絵本の内容も具体的です。また、生徒たちが描いた絵本の中の顔・顔は素直に平和を表現して魅力的です。

エジプトでまちんとギャラリー

初めの企画では、子どもたちが絵本を送る先を決めてカードをつけて郵送するはずでした。しかし送付先をなかなか絞ることができず、また送る前に子どもたちの絵本を目にしたいという願いは高まるばかりで、とうとう今年のアイアーン国際会議が開催されるエジプトへ持ち寄ろうと決めました。エジプト会場へ持ち寄った各国のこどもたちの平和の絵本を展示して「まちんとギャラリー」を設けます。そこへ寄ってくださるアイアーンの先生たちが、自分の国にある難民キャンプや被災地に各自で持ち帰ってもらうことに修正しました。まちんと参加国が絵本を持ち寄ってギャラリー展示をする作業も一緒にするので、これも楽しみです。

絵本の山?

終盤になって、シアトルのジェニファー先生からメールが来ました。

100冊の絵本ができたけれど、今年のアイアーン国際会議に参加しないジェニファーにとってエジプトへ運ぶ手立てがない。どうしよう。。。するとカナダからすぐにレスが来ました。日本のYOKOへ送るより、カナダへ送ってくれた方が安い。自分たちで手分けをしてエジプトへ持っていくから心配しないで。。。ここにも子どもたちが与えてくれた「まちんと号」航海用燃料の威力をみることができます。

まちんとを泣かさないで

更にスロベニアからの絵本がパワーポイントで送られてきました。最後のページいっぱいに描かれた文字は「まちんとを泣かさないで」。突きつけられた子どもたちの平和への素直な思いを、現実の世界は無視するのか、ある形につなげるのか、大人たちは問われています。